2020年10月5日月曜日

宮﨑監督の謎の技

おやつにと頂いたアップルパイが思いのほかサクサクで食べるのに苦戦した。 

ボロボロ生地の剥がれるパイを食べていたら、以前、宮﨑監督のアトリエにシナモンロールを土産に持ってうかがった時の事を思い出した。



いつものようにあれこれ話をしてひと息ついた時、「せっかくだからこれ食おう」と、監督はシナモンロールの箱を開けた。

淹れなおしたコーヒーを前に、カウンターで食べ始めたものの、すぐに他の菓子を選ぶべきだったと後悔した。サクサクのデニッシュ生地や砂糖が剥がれてこぼれる。

「ははは、ボロボロだなあ」

監督に笑われた私は、カウンターにどんどんこぼれて行くシナモンロールのなれの果てを手で集めながら、

「すみません。食べたら、ここ拭きますんで・・・」

謝りつつ顔をあげて見ると、そこには片手にカップを、もう一方の手にシナモンロールから剥がした紙を丸めて持ち、涼しい顔でコーヒーを飲む巨匠・宮﨑駿がいた。

シナモンロールは既にどこにも、影も形もなかった。

「いつ抜いたか、いつ斬ったか」は、子母澤寛の「座頭市」の有名な一節だが、宮﨑監督はあの大きなシナモンロールをこの数秒のうちに食べたのだろうか。
さらに驚くべきは、監督の前のカウンター上にも髭にも、どこにもシナモンロールのかけら一つ付いていない事だった。 

「監督、どうやって食べたんですか?」

「ええ?そりゃ普通に食ったよ」

静かに笑う巨匠を見て、私は「千と千尋の神隠し」でカオナシが番台蛙をひと呑みにするシーンを思い出した。

蓄音機の落書き

 スピーカーとアンプを土産に宮﨑監督を訪ねた折のこと。 帰り際に監督が「これ」と言って封筒を差し出した。 「なんですか?」 「それで一杯飲みなよ」 見ると、『お礼』と書かれている。上には朝顔蓄音機の絵が。 「駄目ですよ。土産の礼金なんて聞いたことないですよ。それに一杯どころじゃな...