2019年11月26日火曜日

雨天

「だからさ、撃つ方だって命懸けだったんだよ」
宮﨑監督は煙草を持ったまま腕組みしようとして、おっと、という風にちょっと手を泳がせた。

初期の火縄銃が、いかに危なっかしく不完全な兵器だったか。瀬戸内の松林の話は、いつの間にか鉄砲の話になっていた。

「ここから撃ってあそこの白い建物、あの壁のどこかに当たれば上出来。狙って当たる距離は50mぐらいだったはずだよ。真っ直ぐ飛ばない。外したら今度は自分がやられる・・・」


英国の愛好家がマスケット銃で3発撃ったら耳から血が出たとか、そんな事を話しているうちに、監督はシガレットケースの煙草を残らず吸い切ってしまった。

「煙草・・・」

呟きながら監督はズボンのポケットからクシャクシャになったハイライトの袋を出して、中身のないのを確認すると雨の降っている窓の外をチラッと見て

「めんどくせ」

やにわにカウンターの灰皿に手を伸ばして、吸い殻を伸ばし始めた。

シケモクに火を点ける監督の動きは次元大介そのものだった。

アトリエ二馬力にて

「ダメだね。これはやめよう」

宮﨑監督はそう言うと、目の前のバケツでジュッと煙草の火を消した。
吸い殻をくの字に折って脇の灰皿に置くと、描いていた絵を横へやって、描きなおすコマに合わせて新しい紙を切りはじめた。

「紙もここ何年かで急に質が悪くなったよ。30年以上使ってきた紙が最近は描いてて滲むんだよ、前はそんなことなかったのに。代わりの紙を探してさ、これ1枚300円もするんだぜ、嫌んなっちゃうよ。でも鉛筆は変わらないね。日本の鉛筆は素晴らしいよ」

そう言いながら監督はふたたび描き始めた。

すうっ・・・すうっ・・・と鉛筆の重さだけで撫でるように薄い薄い線を引いているうち、手品のように小舟と漕ぎ手と遠景とがきわめて短時間で描き上げられた。

鉛筆をおくと、水彩絵の具で彩色。

ちきしょう・・・と低く毒づいて、割れた筆の先を噛んで整えて塗る。

「くそ、見えねぇ・・・はあ・・・やだね」老眼鏡を外して、ごしごし眼をこすって、筆を洗い再び塗る。筆の先を噛む。塗る。筆を洗う。

監督が筆を洗っているのは、さっき煙草を突っ込んでいたバケツの水だ。

2019年11月25日月曜日

ミトコンドリア



週に何度か、暮れ方に走っている。健康志向が一般化したからか、最近は中高年の人たちもさかんに運動している。

先日、いつものように走っていたら、横一列になって陽気に話しながらウォーキングしているおばさん達と出くわしたが、すれ違うときに話していた内容が聞こえた。

「ねえ~、やっぱり身体を動かすのはミトコンドリアに良いから・・・」

ミトコンドリア。

90年代の映画で「パラサイト・イブ」というのがあったが、この単語を耳にしたのはその時以来かも知れない。

生物の授業で習ったように思うが思い出せない。細胞の中にある何かだったか、ミドリムシやゾウリムシのような、緑色をした微生物かアメーバ的なものをイメージする程度だ。
調べてみるほどでもない。なにしろ今までミトコンドリアで困った事がないのだ。

それにしても、ミトコンドリアを意識してウォーキングに精を出すおばさん達に比べて、何も考えずただ走っている自分は。

蓄音機の落書き

 スピーカーとアンプを土産に宮﨑監督を訪ねた折のこと。 帰り際に監督が「これ」と言って封筒を差し出した。 「なんですか?」 「それで一杯飲みなよ」 見ると、『お礼』と書かれている。上には朝顔蓄音機の絵が。 「駄目ですよ。土産の礼金なんて聞いたことないですよ。それに一杯どころじゃな...