「ダメだね。これはやめよう」
宮﨑監督はそう言うと、目の前のバケツでジュッと煙草の火を消した。
吸い殻をくの字に折って脇の灰皿に置くと、描いていた絵を横へやって、描きなおすコマに合わせて新しい紙を切りはじめた。
「紙もここ何年かで急に質が悪くなったよ。30年以上使ってきた紙が最近は描いてて滲むんだよ、前はそんなことなかったのに。代わりの紙を探してさ、これ1枚300円もするんだぜ、嫌んなっちゃうよ。でも鉛筆は変わらないね。日本の鉛筆は素晴らしいよ」
そう言いながら監督はふたたび描き始めた。
すうっ・・・すうっ・・・と鉛筆の重さだけで撫でるように薄い薄い線を引いているうち、手品のように小舟と漕ぎ手と遠景とがきわめて短時間で描き上げられた。 鉛筆をおくと、水彩絵の具で彩色。
ちきしょう・・・と低く毒づいて、割れた筆の先を噛んで整えて塗る。
「くそ、見えねぇ・・・はあ・・・やだね」老眼鏡を外して、ごしごし眼をこすって、筆を洗い再び塗る。筆の先を噛む。塗る。筆を洗う。
監督が筆を洗っているのは、さっき煙草を突っ込んでいたバケツの水だ。
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2019年11月26日火曜日
アトリエ二馬力にて
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