2021年6月17日木曜日

 戦後のエルマーは、赤エルマーとなる直前の581501*からコーティングされるようになり、刻印の書体と絞り標記が大陸式から国際式へ変更されたが、この時期から、前玉から見た時の絞り羽根の見え方が明らかに以前のものと異なる。

これは屈折率の変化を意味しているので、以前から光学ガラスも変更されたのではと思っていたが、どうやらそうらしい。650700以降エルマーは再設計されているとの事。赤エルマーに至る光学系は旧エルマー、新エルマー、後期型新エルマー(含赤エルマー)と大分できる。

ただ、個人的にはM型世代ほどではないものの、後期型は曇りやすいので仕入れには留意したい。古い世代のエルマーの曇りは主にガラス自体の経年による失透が要因だけれど、時代の下ったものの曇りはコーティングの劣化や変質と失透が複合的に関わっているので、光学系への影響が大きい上に清掃ではほぼ除去できない。

ノンコートは、そういった意味では良い。

*追記:2023.3.20

59万番台後半、1945年のロットでノンコートの個体が入荷。ライカポケットブック日本版の記述とは一致していない。二つの仕様で並行して製造されていた時期があったのかも知れない。

2021年6月15日火曜日

これまで修理・整備してきたものに限って概観すると、コムラーは233〜238番台の広角から望遠全般にわたり、距離計連動カム精度と実ピントのいずれにても実用誤差を超えたズレが見受けられた。芋ネジのモミギリ位置や分解痕の無い事から、製造時の問題と思われる。

ピントのズレは、基準に対しておおむねオーバーインフであり、広角では一件のマイナス合致が見られたが、これについては部品の欠損に起因しており、ピントのズレという範疇には無い。

要因は組み上げ品質で、加工精度の問題ではない。ただし、加工後の部品の処理が粗雑であるという事は大いに言える。

望遠では、空気間調整用のワッシャー部に真鍮の切り子が挟まっており、その状態でピント出しされていたために鏡筒内を清掃して組んだところ、実ピントがズレてしまうという事があった。切り子がワッシャーとして作用していたためだ。

連動精度のズレについては、単純に7.5mmが守られていない事による。社内の一部の基準治具にズレや摩滅が生じていたのでは?原因はともかくも、この点は調整すれば済む。

総じて、同社の製品にはこうした製造時の粗さに起因する要素が一定割合で存在すると見るべきだろう。

古い時期のコムラーにはこうした問題はない。少くとも精度に関わる問題は。他の問題はあるが、それは写りには影響しない。


2021年1月3日日曜日

ヒイラギの葉

  「俺はいま、半径30メートルで暮らしてるよ」


『風立ちぬ』公開後、宮崎監督はよくそう口にしていた。

それは言う時々によって半径200メートルだったり50メートルだったりしたけれど、本質的に監督の言わんとしていることは同じだったと思う。

「それが今の俺の全世界だよ」

「スマホにくっ付いてるカメラって、あれずいぶん広角レンズだよね。あれじゃダメだよ。うんと近寄って見ないと。ものを引いて俯瞰で見てばかりだと、なんでも引いた見方・引いた考え方になっちゃう。隔ててしまうんだよそれでは。好きなものや気になるものはうんと近付いて見なきゃ。でないと、見えねぇ」

短編作品『毛虫のボロ』が完成したのはそれから3年後のことだった。

会話の中で宮崎監督の何気なく云われたことの中には、ステイホームで戸内に籠りがちな昨今の暮らしを有意義なものにするヒントが含まれているようにも思える。

ある時、宮崎監督を訪ねると、アトリエの横の植え込みに監督がしゃがみ込んでいた。私が挨拶すると、

「おー、ひさしぶり」

監督はそう言ってまた植え込みへ視線を戻した。

「ヒイラギをね。ちょっと・・・うーん」


ヒイラギの葉を一枚摘んでアトリエへ戻ると、監督はそれをテーブルの上へ置いてじっと観たり、手にとってクルクル回したり、テーブルに落としてみたりしていたが、やがて傍にあった紙と鉛筆を手元へ引き寄せて描きはじめた。

「このヒイラギの葉がさ、地面に落ちるんだよ、ハラリと。土の地面にだよ。でも小さな虫からしたらこんなデカイのが落っこちてくる訳だ、ズシーンと。どうやったら軽やかにズッシリと描けるんだろうね?」

「うーん、虫にとっても葉っぱはハラリだと思いますけど」

「と、思うだろ?違うんだよ。物理的な正確さでなく、本当らしく見えるっていう。でないと死ぬんだよ、動きがアニメにならないんだ。分からねえよな。俺もどうしようかと思ってさ・・・うーん、クソ!こんなヒイラギ描いたらカミさんに馬鹿にされるな。植物の絵は女房の方が上手いんだよ・・・うーん、ダメだこりゃ」

「監督、そろそろ帰ります。気が散るでしょう」

「気なんか散らないよ。俺は描いてるところと喋ってるところで脳の使ってるとこが違うんだから。50年描いてりゃ、話してても絵に集中するくらいな事はなんでもないんだよ」

「そうですか?でも」

「いいから。俺はまだ五時半まで時間があるんだから、君はそこへ座ってりゃ良いさ」

「じゃあそうします」

「俺はいま、半径30メートルで暮らしてるよ」


2020年10月5日月曜日

宮﨑監督の謎の技

おやつにと頂いたアップルパイが思いのほかサクサクで食べるのに苦戦した。 

ボロボロ生地の剥がれるパイを食べていたら、以前、宮﨑監督のアトリエにシナモンロールを土産に持ってうかがった時の事を思い出した。



いつものようにあれこれ話をしてひと息ついた時、「せっかくだからこれ食おう」と、監督はシナモンロールの箱を開けた。

淹れなおしたコーヒーを前に、カウンターで食べ始めたものの、すぐに他の菓子を選ぶべきだったと後悔した。サクサクのデニッシュ生地や砂糖が剥がれてこぼれる。

「ははは、ボロボロだなあ」

監督に笑われた私は、カウンターにどんどんこぼれて行くシナモンロールのなれの果てを手で集めながら、

「すみません。食べたら、ここ拭きますんで・・・」

謝りつつ顔をあげて見ると、そこには片手にカップを、もう一方の手にシナモンロールから剥がした紙を丸めて持ち、涼しい顔でコーヒーを飲む巨匠・宮﨑駿がいた。

シナモンロールは既にどこにも、影も形もなかった。

「いつ抜いたか、いつ斬ったか」は、子母澤寛の「座頭市」の有名な一節だが、宮﨑監督はあの大きなシナモンロールをこの数秒のうちに食べたのだろうか。
さらに驚くべきは、監督の前のカウンター上にも髭にも、どこにもシナモンロールのかけら一つ付いていない事だった。 

「監督、どうやって食べたんですか?」

「ええ?そりゃ普通に食ったよ」

静かに笑う巨匠を見て、私は「千と千尋の神隠し」でカオナシが番台蛙をひと呑みにするシーンを思い出した。

2020年7月7日火曜日

ポピーとよさかにて

帰り道、小腹が空いたので、新新バイパスの競馬場インターで旧道へ降りた。

旧街道沿いにあるドライブイン「ポピーとよさか」には古色蒼然たるうどんの自動販売機が今なお稼働している。

昔懐かしい自動販売機のうどん。給食のソフト麺みたいな麺は美味すぎないあんばいの良さでほっとひと息つかせてくれる。

店の一隅に文化財のような顔で据わっている自販機へ百円玉を3つ入れてボタンを押すと、古すぎて懐かしさよりも新鮮さを感じさせる光電管の文字がオレンジ色に灯って、実際の時間よりも早く30秒をカウントダウンする。

ややフライング気味に、ゼロまで数秒をのこして「チーン!」
出来上がりを知らせるベルの音も電子音ではなく本物のベルの音だ。

うどんもそばも、店内の厨房で洗って再利用される黄色いフニャフニャした器に満杯の状態で出てくる。狭い取り出し口に付いているアルミ製の落とし戸が強いバネで押されているので、柔らかい器いっぱいの熱いつゆをこぼさず取り出すにはそれなりの習熟度を要する。

注意深く取り出したうどんを、潔癖症の人が逃げ出しそうなペタペタしたテーブルにそっと置いたら、自販機に向きなおって箸入れから割り箸を引き出し、横のテーブルにふたつ行ってしまっている七味の容器をひとつ取り戻してから、座ってまずはつゆをひと口。

あれ?

つゆが薄い。というか塩気がまるで無い。色も無色透明。これはお湯だ。

「すみません」

店の奥にある厨房へ行って、出来損ないのうどんと引き換えに店のオヤジさんから百円玉を3つ受け取る。

「もう一回やってみて。駄目だったらまた返金するから」と店のオヤジさん。

うどんをもう一杯。「チーン!」

「ん・・・ああ、お湯だ!」

「また駄目?」

「いや、いいや。オヤジさん、醤油あります?これにかけて食べる。麺もかき揚げも何杯ももったいないから」

「そう?醤油あるよ。あるけど、つゆもあるよ」

「あ、つゆある?」

「そこ(自販機)に使うやつだから濃いけど、あんばいすれば」
と、業務用の大きな容器を奥から出してきてくれた。

容器の蓋を開けて、ほんのひと垂らしばかり器にチョロリと注ぐと、透明だったうどんの汁が途端に褐色になった。一体何倍濃縮のつゆなのだろう。

ひと口すすってみて、「あ、美味い。OK、今度OK」

「そう?いい?ゴメンね」

無事にうどんを食べて、帰途についた。また食べに行こう。


2020年6月21日日曜日

レンズの曇りは研磨せずに取れるか?



コニカのヘキサノン52/1.4がライツのズマリット50/1.5にほぼ生き写しということについて調べていたら、使用されている光学ガラスの種類まで記載されたズマリットの構成図を見つけた。

G3〜5の3枚がLF5とBaF9となっている。
Fはフリントの事だろう。字面からするとランタンフリントとバリウムフリントのようだ。
ズマリットはここが曇る。

ズマリットの構成図を再度観ると、G3〜5以外は全部SK4だ。
Kは光学ガラスではクラウンガラスの意。SKは重クラウンというのだそうだ。
SSKという野球用品みたいなのもあって、最重クラウンと言うらしい。ものすごく重いのだろうか?
クラウンガラスのレンズは曇らない。

“フリントガラス”で検索してみると「鉛ガラス」とあった。
平たく言うとクリスタルガラスか。すごい高いやつだ、バカラとかラリックとか。

では、“クラウンガラス”は・・・「ソーダガラス」。
ソーダというと、より原始的なガラスの事だったろうか?遺跡から出てくるローマンガラスとかギリシャのヒアロスとか。紀元前が枕詞になるような大時代なやつ。

クリスタルガラスが曇るのは鉛成分が表面に析出するからで、だから高いガラス器は曇らないように酢で拭く。

それなら、曇ったフリントガラスも酢で拭けば曇り取れるのだろうか?
ということは上手くすれば曇ったズマリットも・・・と思ったけれど、コーティングがガラス素地の上に掛かっているからきっと駄目だ。
ズマリットの曇りは、析出した鉛成分がガラスとコートとの間で板挟みになって起きているはず。だから本来青紫掛かったコートが、曇ったレンズでは明るい水色に見えるようになるという事なんじゃないだろうか?
顔料の鉛は白いし、江戸の役者の手脚を脱疽に追い込んだのも鉛の入った高価な白粉だったというし。青の絵の具に白を混ぜれば水色だ。そう単純な理屈でもないか?

ともかく、コートの掛かったフリントガラスの白けたレンズは、たぶん酢では綺麗にならない。

では、ノンコートのレンズならどうだろうか?

2020年6月19日金曜日

エルマーの硝材関連 資料抜粋

シュタインハイル社は、1901年にミュンヘン郊外にゼントリンガー光学ガラス工場(SentlingerGlasWerk)を設立し、ベルリンのC.Pゲルツ社(C.P .GoerzA.G)を主な供給先とした。後にこのガラス工場はC.Pゲルツが大株主となり、1915 年にはゲルツの光学ガラス工場としてベルリンに移され、第一次世界大戦で使用された全ドイツ軍の光学兵器の80%を供給した。

ゼントリンガー光学ガラス工場は、イエナのショット社に対して唯一対抗出来る存在であったが、ドイツ敗北後のベルサイユ条約ではC.Pゲルツ社とゼントリンガー光学ガラス工場での軍需生産は縮小を科せられ、急速に経営が悪化した。その結果、1926年のツアイス・イコン社設立時に、このガラス製造工場は合併協約によって閉鎖された。

ハルトムート・ティーレ著、竹田正一郎訳・編集『ドイツ・写真用レンズメーカーの全て』シュタインハイル編


ゼントリンガー光学ガラス工場が製造する光学ガラスは、イエナのショット社に対して唯一対抗出来る存在であり、有名なものとしてはライツ社の初期のライカA用レンズ(Leitz-AnastigmatElmax、及び極初期のElmar)がゼントリンガー工場製の光学ガラスを使用していたのはよく知られているところである。

 デニス・レーニ著『ライカコレクターズガイド』

蓄音機の落書き

 スピーカーとアンプを土産に宮﨑監督を訪ねた折のこと。 帰り際に監督が「これ」と言って封筒を差し出した。 「なんですか?」 「それで一杯飲みなよ」 見ると、『お礼』と書かれている。上には朝顔蓄音機の絵が。 「駄目ですよ。土産の礼金なんて聞いたことないですよ。それに一杯どころじゃな...