2020年3月31日火曜日

サルマタ

2月の半ば頃、4か月振りでジブリに宮崎監督を訪ねた。

「やあ、しばらく。元気だった?」

   「ええ、おかげさまでどうにか生きてます」

「ははは。よし、コーヒーだ。Sさん、行こう。おーい、Yさんも。コーヒー!」

   「しかし、なんだかおかしな事になって来ましたね」

「ああ、まあねえ・・・ナウシカみたいにみんなマスクして暮らさなきゃいけなくなるのかな。幸いこの辺はまだなんともないけど」

(この数日後、三鷹の森ジブリ美術館は臨時休館を発表する)

「こっち、ここ座るの」

   「あ、火鉢がある」

「お、来た。はい」

   「おお!でっかいマグカップ」

「うまいんだよ、ここのコーヒー」

   「いただきます」

「どう?商売は」

   「いやあ、厳しいですよ。不景気で。消費税も上がりましたし」

「店はどんな感じ?」

   「もう古いものだらけガラクタだらけですよ」

「サルマタなんか干してないの?」

           「宮﨑さん、サルマタは干さないでしょ」

「干してない?」

   「うーん、さすがにサルマタは」

「なんだあ、つまんないなあ」



2020年3月27日金曜日

宮﨑監督の荒療治

「何が混乱だ。誰が混乱するんだ。誰が混乱するって言ったんだ!何が混乱するんだ!休んでしまった方が混乱だよ、それが!」

コピペ出来るほど有名になった宮﨑監督の怒声。

これは、かつて放送されたドキュメント番組の一場面で、311震災直後に混乱を防ぐためスタジオを一時休業にするというジブリ経営陣の判断を伝えられた際に監督の発した言葉だ。

インパクトのある言葉なので様々に解釈されたりネタにされたりしているけれど、本当のところは突然普段のいつも通りの暮らしが瓦解して平常心を失いそうになった時、仕事なり家事なり、とりあえず形だけでも普段のルーティンをなぞる事で揺らいだ腹を据え直すという事だと思う。

以前、311震災の時どうしていたか宮﨑監督と話した中で私はそう感じた。

当の監督自身も実のところは文字通り足元を揺らされたものの、周囲を見て、自分はこれではいけないと腹を据え直したのだろう。

「あのとき俺は二馬力の2階に居たんだけどさ、グラグラっと来たんで、あ、これはいかんと思って、とりあえず本棚が倒れないようにしがみついたんだ。揺れがおさまってから見たら、棚の上、耐震の突っ張り棒付いてんだよ 」

はじめは監督もけっこう慌てていたのだ。

こんなことを思い出して書いたのも、今回のコロナ禍で諸々報じられる中で自分がふだんどおりから離れそうな心持ちだからかも知れない。

結局のところ、いつもどおりに仕事をするしかない。それで自分の腹も据わるし、ごく狭い、自分の周囲くらいは度が保たれるかも知れない。

宮﨑監督の“荒療治” 、今こんな時だからこそ実践してみる価値は大いにあると思う。

2020年1月15日水曜日

憶えておくべきこと

その人は、ごみ拾いをしながら散歩するのを毎朝の日課にしている。

その日もいつも通りに雑木林の遊歩道を歩いていると、向こうに誰かいるのが見えたのだという。



歩道から少し入ったところで、男性が立ち樹を背に座り込んでいた。

「二十歳くらいかな。若いんだ。若者だよ」と、その人は言った。

男性の横にロープが落ちていた。

「大丈夫か?」

「はい」

「立てるか?」

「はい」

その人は男性を立ち上がらせると、服のよごれを払ってやった。

「歩けるか?」

「はい」

その人は男性と一緒に歩いて雑木林を出ると、林の出口のところで彼と別れたのだと言った。そして、そこまで私に話すと、

「なんなんだろうねえ・・・俺には分かんないよ」

と言ったきり黙って、窓の方を向いて立て続けに煙草の煙を吐き出した。

「元気でいるといいけどなあ」



2019年12月27日金曜日

コルビュジェの丸窓

宮﨑監督は建物好きだ。

ある時、スタジオ近くの武蔵境変電所の建物が面白いから観に行こうと誘われて、監督とスタッフの方と数人で歩いて観に行った。

白い外壁が夕陽に照らされてオレンジ色になった変電所の建物はたしかに個性的な格好をしていた。

「ほら、この感じ!手塚治虫の漫画に出てくる感じだろ?」と監督。

「ちょっとコルビュジェっぽい感じもしますね」と私が言うと、宮﨑監督は「いや、しない!しないよ!コルビュジェに失礼だよそりゃ」と大きくかぶりを振って真っ向から断じた。

「そうかなあ・・・あそこのところがピロティみたいに・・・」

「いや、見えない!別もの!」

監督はコルビュジェが大好きだ。散歩中に見つけたコルビュジェ的な丸窓の建物の話では、絵を描きながらつぶさに解説してくださったし、ジブリ第1スタジオの窓が丸いのもコルビュジェの真似だという。

ただ、私はコルビュジェの建築で丸窓の特徴的な建物というのはちょっと知らない。

2019年12月22日日曜日

「心理テストです」と

「町はずれに住む悪い魔女は、町の人びとから畏れられ忌み嫌われていましたが、ある時改心しました。さて、魔女はその後どうなったと思いますか?」

問われて私は、

「ええと・・・心を入れ替えて困ってる人のために魔法の力を使ったりして人びとに尽くしたけど、そういうとこはまったく理解されないまま、最後はズタボロの八つ裂きにされる。結局どうしたって『あいつは魔女だ!』ってことで、そういう不理解な連中に。・・・これ何が分かるの?」と答えた。

「・・・“これはあなたの将来です” だそうです」

「・・・」

「いや、でもならないですよ、本当の八つ裂きには。現代だし、なんていうかものの喩えで、八つ裂きって言っても社会的に、みたいな意味合いで・・・」

「社会的に八つ裂き?」

「社会的に八つ裂き」

「社会的に八つ裂き・・・」

2019年11月26日火曜日

雨天

「だからさ、撃つ方だって命懸けだったんだよ」
宮﨑監督は煙草を持ったまま腕組みしようとして、おっと、という風にちょっと手を泳がせた。

初期の火縄銃が、いかに危なっかしく不完全な兵器だったか。瀬戸内の松林の話は、いつの間にか鉄砲の話になっていた。

「ここから撃ってあそこの白い建物、あの壁のどこかに当たれば上出来。狙って当たる距離は50mぐらいだったはずだよ。真っ直ぐ飛ばない。外したら今度は自分がやられる・・・」


英国の愛好家がマスケット銃で3発撃ったら耳から血が出たとか、そんな事を話しているうちに、監督はシガレットケースの煙草を残らず吸い切ってしまった。

「煙草・・・」

呟きながら監督はズボンのポケットからクシャクシャになったハイライトの袋を出して、中身のないのを確認すると雨の降っている窓の外をチラッと見て

「めんどくせ」

やにわにカウンターの灰皿に手を伸ばして、吸い殻を伸ばし始めた。

シケモクに火を点ける監督の動きは次元大介そのものだった。

アトリエ二馬力にて

「ダメだね。これはやめよう」

宮﨑監督はそう言うと、目の前のバケツでジュッと煙草の火を消した。
吸い殻をくの字に折って脇の灰皿に置くと、描いていた絵を横へやって、描きなおすコマに合わせて新しい紙を切りはじめた。

「紙もここ何年かで急に質が悪くなったよ。30年以上使ってきた紙が最近は描いてて滲むんだよ、前はそんなことなかったのに。代わりの紙を探してさ、これ1枚300円もするんだぜ、嫌んなっちゃうよ。でも鉛筆は変わらないね。日本の鉛筆は素晴らしいよ」

そう言いながら監督はふたたび描き始めた。

すうっ・・・すうっ・・・と鉛筆の重さだけで撫でるように薄い薄い線を引いているうち、手品のように小舟と漕ぎ手と遠景とがきわめて短時間で描き上げられた。

鉛筆をおくと、水彩絵の具で彩色。

ちきしょう・・・と低く毒づいて、割れた筆の先を噛んで整えて塗る。

「くそ、見えねぇ・・・はあ・・・やだね」老眼鏡を外して、ごしごし眼をこすって、筆を洗い再び塗る。筆の先を噛む。塗る。筆を洗う。

監督が筆を洗っているのは、さっき煙草を突っ込んでいたバケツの水だ。

蓄音機の落書き

 スピーカーとアンプを土産に宮﨑監督を訪ねた折のこと。 帰り際に監督が「これ」と言って封筒を差し出した。 「なんですか?」 「それで一杯飲みなよ」 見ると、『お礼』と書かれている。上には朝顔蓄音機の絵が。 「駄目ですよ。土産の礼金なんて聞いたことないですよ。それに一杯どころじゃな...